2008年12月30日火曜日

熱海へ その三 九天飛翔

九天飛翔

 小さな蝶の羽ばたきが
 地球の裏に届く時
 大きな風になるという
 大いなるものを招きて共に聴く
 紅い色の音曲が
 音霊となり言霊となって
 九天を飛翔する


一年前に熱海で行われた、能楽堂でのライブパンフレットには、
冒頭にこう記されていた。

私は、一年経って、
今またこの言葉を噛みしめている。
世の中に起こる全てのムーヴメントは、
ある日突然目の前に落ちてくるものではない。
小さきものの、小さな挙動が、どんどんどんどん伝播して、
気がつくころには大きな潮流となっている。

だからつまり、
大多数であるとか商業的であることなど関係ない、
個々の胸の内が、全て大局に通じている。ということ。
いつもあたり前と思うことをおろそかにしてはいけない。
そこからしか、始まらないのだから。

そして音楽は、特別なことではなくて、
古来より人の生とともにあり続けた、
自然とともにあり続けた、一部の、
音を集めたもの。
音楽の持つ儀式性、儀式的側面は、
ある種、全ての文化や全ての宗教をしても、
そう大きくは変わらない。

新之介さんは、ここから、
「和の心にて候」の羽ばたきを、
地球の裏まで届けようとしています。
うわ、何か大袈裟な話だな、と思いますか?
そうは思いません。
今日、一つ、きちんと羽ばたきをする、
それだけのこと。


2009年「和の心にて候」始動。

2008年11月26日水曜日

熱海へ その二

ちょうど一年前。

「和の心にて候 in 熱海」

私は熱海の駅を降りて、MOA美術館まで、
歩いて行くことにしました。わくわくしながら。

それは、
後から思ったこと、ですが、
熱海駅から、あの道を登っていくこと、
そして入り口から、いくつものエスカレーターを上り、
相模灘を一望する、あの展望、目に入る光の多さに、
一瞬だけ景色が真っ白になりそうなあの場所から
能楽堂までの順路は、つまり、さながら参道のようで、
一歩ずつ一歩ずつが静謐感と高揚感につつまれていくようであって、
また下って、熱海の駅へつく頃には、
山全体を振り返り、ぐっはー!すごい演出だったな。
と奮える思いがした。

当時、新之介さんの正体も知らず
(今も、よくはわかりませんが、笑)
殆どの予備知識もなく、フライヤーのカンだけで来てしまった私に、
何が起こるのか、想像もつかなかったこの舞台で始まったことは、
みたことのないものだったけれど、それは最初から美しいものだった。

それもそのはず、これは儀式だ。

装束を正し、身を清める。
こういう行為、人の気持ちそのものが、美しい事に決まってる。
作法を大切にしているこの国の、ある一つの行事が行われるための、
イントロダクションだ。

ディジュリドゥというその古代の楽器を、
私は以前から知っていて、すごい楽器があるもんだなあと思っていた。
風の音、太鼓の音、ディジリドゥの音の波、
つまり、あとから人によってつくられた西洋の12音階の
ハーモニクスを持たないその他様々な楽器や音たちは、
私たちに人の身体と自然、大地の音がまだ一つだった頃のことを
思い出せと語るような、細胞の記憶を呼びさますような、
原始的な、肉体的な、空間を埋め尽くす音の波をもっている。

思い出せ、これらの音や踊りとともにくらしていたんだ。
思い出せ、これらを祈りと呼び、
人々の和を、神様を、宇宙を、つないでいたんだ。


新之介さんは、
「大いなるもの」という言葉を使っていらしたけれど、
それは、手の届かない、大きなエネルギーでもあるけれど、
それは、私たちの細胞の端にも内在する。
私たちは目を閉じれば、意識レベルの中で
自由に九天をめぐることができて、
自由に大いなるものとシンクロすることができる。

私はこうして目を閉じて物思いにふけっていたら、
一年後には、新之介組に参加していた。笑

(続く)

2008年10月10日金曜日

幾つかの、ああよかった

来月、ブラジルの伝説、ジョアン・ジルベルトが来日する。
今年はボサノバ生誕50周年だそうで、
ボサノバの歴史は、ジョアンがデビューした
1958年からのスタートを意味している。
「イパネマの娘」などに代表されるヒット曲の数々は
その後も世界中の音楽に影響を与え続け、
もし、ジョアンがいなかったら、20世紀のポップスは、
今のものではなかったはず、という見方さえある。
ジョアンは長年、TVや新聞などマスメディアへの出演や取材などもあまりなく、
ただただひたすら音楽と向かい続け、ブラジルの人たちの心の音となった。
ボサノバ生誕50周年にあたり、
ブラジルのサンパウロで14年ぶりに行われたコンサートは、
数万円のチケットが40分で完売したそうだ。

ジョアンは2003年の初来日から、
2004年、2006年と今年で4度目の来日コンサートとなる。
本国でさえ14年ぶりだというのに、
こうして何度も日本で演奏を聞くことができるのは、
本当に幸せなことだと思う。
なぜか。
ジョアンは後日、
「こういう聴衆を何十年も探し求めていた」と言ったそうだ。

ジョアンはその演奏の表現から、というか、
非常にピアニッシモ(小さい音で演奏する)を
大切にしているアーティストなのだと思いますが、
彼が日本のオーディエンスに深く感動する意味がちょっとわかる気がした。

以前のブログに、お能の話を書いたことがあったけれど、
芸能の素晴らしさはもちろんのことだが、
受け取る側の感性だって要求される、舞台なのだ。
ぴんと張りつめた静寂からのほんのわずかな動き、
音程のゆらぎ、リズムの変化、
そういうものから様々な情景を受け取っている
日本人の感覚って、独特で特別なものなのだと思う。
お米やお豆腐に味が無いなんて日本人はいわない。
ごく普通の感性だけれど、外国からみたら、
ソースをかけちゃうようなことと同じで
アンプを通して大音量で叫ぶより、ピアニッシモにも美学があるのだ。
(というか、器楽演奏でも、歌でも、フォルテシモよりピアニッシモが難しい)

これは日本人の呼吸方法にも由来していると思うけれど、
きっと他の外国のコンサートで、こんな静寂って起こらない。
さざ波ひとつないしんとした水面に、ほんの小さな雫が一つ落ちる時、
それは、同心円上に隅々までいっぱいに、ちゃんと伝播していく。
どんな大きなコンサートホールでも、
この静寂が能舞台やお茶室と同じ効果をうむのだ。
マナーが良いとか、おとなしいとか、
そういうことではきっとないんだな。
外国のアーティストが、日本の観客は特別だというのは良く聞く話だが、
ジョアンが感じたのはそういうことかな、と思っている。

現代の人々が、多くお茶などの伝統的な所作に深く精通しているわけではない。
それでも、ジョアンが感動するのは、新之介さんのお言葉をお借りするなら、
先人が大切にした感性が、脈々と、受け継がれ、備わっているからなのだ。
そして、現代の私達は、遠くブラジルの至宝を何度も聴くことができるわけです。
ああよかったな。笑


よかったついでに、最近感動したお話をもう一つ。
少し前の週末に、美空ひばりさんの特集番組を放送していました。
私はこの手の番組には、殆ど15分おきに号泣してしまうので、
だいたい、ハンカチというか、タオルなくしては
見る事が出来ないのですが、笑
先日のものは、特別に感動しました。
ファンの間では、(まあ、私の中では、という意味ですが、、)
もう伝説となっていた、プッチーニオペラのアリア
「歌に生き、愛に生き」を聴く事ができたから。
うまいなあ。本当にうまい。すごい。もう何も言葉ではどうにもできない。
裏声を使ってピアニッシモで表現される切ない切ない声がすばらしい。
かの岩城宏之(N響の正指揮者も務めた)をして「宝物」といわしめた絶唱。
プロデューサーさま、ディレクターさま、本当に本当にありがとう。
残念ながら、私は生での歌声を聞く事ができなかったけれど、
同じ時代を生きる事が出来て、こころから幸せだと思った。
日本には、美空ひばりがいる。

ああよかった。

2008年10月6日月曜日

大人のいうこと

私は子供の頃、科学者になりたいと思っていました。
ドラえもんやアトムを作るような人になろうと思っていたのですが、
科学ではなくとも、何か研究をする人がいいなと、
そうして人や未来に関わろうと考えていました。
が、幼稚園に通う頃から宝塚などをみて育った私は、
ティーンエイジも後半になるころには、
芝居や音楽にかぶれちゃって、
ウットリしてはアドレナリンを放出するという毎日。
研究や科学ではなく、ウットリを広めて世界に貢献しよう!
と、さっさと大学に行く事をやめてしまいました。笑

先日、そろそろ還暦を迎えるという大先輩のクリエイターと
久しぶりにお会いする機会があり、近況などをお話させていただいた際
「カナコさんも結構な大人でしょう。
 人生も70年とすると、そろそろ折り返しの頃になりますよねえ。
 最近はいかがですか。」

ががーん!衝撃的なお言葉を頂戴し、
後半戦を迎えるにあたり、まずは背筋を正しました。笑

自分が学校を卒業した頃は、これまでいた世界とは、
なんてなんて小さくて限られたところだったのか!
世界はなんて広く奥行きのある事だろう。
と思う程、世の中を深く泳ぐ大人の人は多彩でした。
良いものは良い、悪い物は悪いと、
それぞれの尺度や価値観は違えども、
その経験に裏付けされた強く折れない意思を、
きちんと伝えて下さる大人が世の中にはちゃんといました。
一生懸命生きて、年月を重ねれば、
こういう風にしなやかな存在感を身につけることが出来るのだと
感動すらしました。
とても恵まれて幸せなことであったと思います。

青春の頃は、自分が思うメッセージを、
とにかく発信したい、分かってもらいたい、
一方通行でもいいから伝えたいという気持ちでいいと思う。
でも大人になったら、きちんと培われてきた何かを
「伝えて」いかなければ。
大人の伝えることは、ともすれば恥ずかしいとか
みっともないとか言われそうな昨今、
新之介さんは意思を発信する、貴重な大人の一人であり、
新之介さんのような大人がきっとみんなに必要なのだと思うのです。

人が本気で訴えようとしていることに、
人はそんな簡単にそっぽを向くのは難しい。
だから、新之介さんと、その「和の心にて候」には、
たくさんの人の思いをのせて、
いろんなものが集まってくるのだと思います。
その発信を是とするか非とするかは、
受け取った側がこれからさきの未来のさまざまな経験の中で
理解し、判断し、選択していくべきことだと思いますから。

こうして新之介組に参加させていただきながら、
そして、たくさんの気付きを重ねてゆくのだと思います。
私は大人だというにはまだ満たないけれど、
先達から受け取ったものを紡いでいくことは、
少しずつだけど、出来ると思う。
お返ししていかなきゃね。折り返しだからね。。。。
う、ぅ。。。

2008年10月5日日曜日

鋸山

今日は発声と新しい曲の練習しました。
「黒いオルフェ」

先週鋸山から帰って、
ちょっと体調が違うなあと思っていたのですが、
声を出してみてやっぱり変わったと実感しました。
多分細胞に新しい何か、が加わったのだと思うのです。
いらっしゃい。こんにちは。
そしてこれからもよろしく。

私は普段の生活で山登りなんてもちろんしたことがありませんが、
夜が空ける前に明かりを持って登山道に入ったことが、
なんだか妙に懐かしい気さえしました。
KNOBさんは山頂でディジュリドゥの音を捧げ、
その姿に、改めて本当に美しい方だなと思い、
太古の昔にも、もしかしてこんなふうに、
こんなメンバーで、桃太郎のきびだんごよろしく、
鬼退治にでも行っていたら面白いなと思いました。笑
こうして山頂で初陣の武運を祈る儀式をしてね。

途中、KNOBさんが鎮魂のディジュリドゥを奏でて下さいました。
私はどうしてもその場所の奥まで行けずに、
少し遠くからお祈りをしました。
肉体はなくなっても<思い>はこの場所に残っている、
そういうことを知らされる山でした。

新之介さん、KNOBさん、そして新之介組のみなさんと、
ゆっくりお話をすることも出来たし、
細胞君にあたらしいお客様も来たし、
とても良い旅でした。
それにしても、新之介さんは、改めて、
ニューロンの軸索の多様な方だなと感じたのは、
今回一緒に鋸山へ向かったみなさんそれぞれと、
それぞれ全く違う面で繋がっているのだなということ。
面白い。
それぞれ別のルートから、
集合場所は山の頂きにて、
では、また後ほど。
ですね。

2008年9月13日土曜日

熱海へ その一


もし、そのフライヤーが、これではなかったら、
極端な話、私は「和の心にて候 in 熱海」には行かなかったかもしれません。
そしてこのように新之介組に参加させていただくこともなかったかもしれません。

ああ美しいな。と、そう思いました。

まだ、私がただの歌うたいで、
新之介さんが音楽好きのジェントルマンだった時、
今度こういうのやるから、と渡された不思議なイベントのチラシは、
《当たり》でした。
例えば、音楽を試聴したりせずに、CDジャケットの印象だけで、
衝動的にアルバムを買ったりする<ジャケ買い>という行為がありますが、
私がよくやるのは<チラシ買い>です。
芝居でも映画でもライブでも、
第一印象でチラシが美しいと思って観に行ったものの殆どは、
期待を裏切るものではありません。
そのデザイン、色使い、制作者の意図がきちんとつまった、
丁寧な仕事のチラシには、ちゃんと伝える力が備わっているのです。

能舞台というのは、
本当に日本人の美意識の粋をあらわしたものと思いますが、
お茶室と同様、あの限られた、クローズドな空間は
屋外で何万人を集めて行われるようなイベントとは、
もとより表現の役割が違います。
大音量のスピーカーを通して「LOVE&PEACE!」と叫び続けるものでなく、
そっと小さな心の扉をノックして「さあ目を覚まして下さい」と呼びかける、
そんな違いです。
思いが端々まできちんと伝播すること、密接であること、
近しいこと、自分の内まで響くこと、傍観者にならないこと、
そういうことが出来る舞台だと思います。

和の心にて候。
能舞台。
熱海。
この選択をした、このライブに、きっと共鳴できるものがあるだろうな。
漠然とそう思っていました。
きっと、面白い事になっているだろうな。
この世界観にふれてみたいな、と思う、《当たり》のチラシにいざなわれ、
熱海へのチケットと、「和の心にて候 in 熱海」のチケットを手にし、
向かった能舞台で行われたそのライブは、
想像通り、これまでに観た事のない、想像も出来ないようなライブでした。

やっぱりな。
(続く)笑

2008年8月24日日曜日

アンテナの話

よく音楽では、
一番才能のある人間は作曲家になる。
次に才能のある人間は演奏家になる。
才能のない人間は評論家になる。
なんて揶揄されたりします。

芸術は己の内のエゴではありません。
誰が一番エライとかスゴイとかそういう事ではなく、
この話は、新之介さんもおっしゃっていた、
受信機の話に通じるものがあります。
音符という記号を使って壮大な交響曲を作曲する、
それは神業とも言える、一つの宇宙や世界を記すワザ。
かのモーツアルトは、その直筆の譜面に推敲の形跡がないといいます。
(消しゴムとかないですからね、書き直してないのが分かるのです)
私の知るアーティストの多くも、多かれ少なかれ、
きっと、受信機を感じたことがあるのではないかと思います。

天からの才を以て、一番感度の良いアンテナを持つ人は、
それを現在の記号に具現化し、
二番目のアンテナでそれをキャッチした人が、
鍛え上げた技術をもって、記号を表現する。
そして多くの人の五感に届けられていく、そういういことだと思います。


新之介さんが、何故「和の心にて候」という祭事が出来たのか。
否。
最高級に感度のよい、そんなアンテナを持った人は、
それを体現していかないことには、自分の生を、
意味あるものに保っていくことが出来なくなってしまうのだと、
そう思うのです。
新之介さんは今、和の心にて候を、
己の内から多くの人へアウトプットするチャンネルとして選択し、
その情熱を様々な記号を使って書き記しています。

さ、アンテナを磨きにかからなきゃね。笑

2008年8月2日土曜日

サマータイム


ガーシュウィン作曲の
「ボギーとベス」というミュージカルの、
その曲を歌うには良い季節になってきました。

ずっと昔、私の歌をきいてくれた大切な友人は、
「あんたの歌ってあんたの人生だよね」
と言ってぽろぽろ涙を流しました。
そのころ私はまだ本当に本当に子供で、
一回り以上も年齢の違う大切な友人の、
やり場のなかったその心を
どうにも共有することが出来なくて、
ただただ、歌を歌って躍ってバカ騒ぎをして、
時間のうわずみだけをすくって、
その夏を過ごしていきました。

夏は、お祭りや、火が多いせいかしら、
この現と別の世界を近く感じて、
どうにも戻らない時間軸を逆行し、
もう会う事のできなくなってしまった人達と、
四次元の遠くで待ち合わせをしようと思いをめぐらす時間が増えます。
願い続ければ、歌い続ければ、もう一度届くと信じて。

すばらしいこの国の四季があるから、
季節ごとにこの世界との関わりがある。
先日、一緒にお祭りに行った幼なじみが、自分の住んでいた町は、
「お祭りに恵まれていなかった」と嘆いているのをきいて、
ちょっと感激してしまった。
それはつまり、ずっとその土地に代々暮らしていた人々という継承がなくて、
所謂、新興住宅地とか、大きなマンションがどどんと建ち並ぶところで、
氏神様の存在が希薄なのです。
もしかすると、私が<和の心にて候>に携わっていなかったとしたら、
気にもとめない言葉であったかもしれない。
でも、夏は、なにしろ、お祭りするんだよね。
よし。わかった。

道行く人の、笑顔、笑顔、笑顔。
知ってる人も知らない人も、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔。

和の心にて候。

2008年7月21日月曜日

その、かたち

建築家、という職業の知人は、
私は新之介さんお一人だけなので、
建築家が茶事をされたり演出をされたりすることが、
非常に特別なことなのか、普通なことなのか、それもよくわかりません。
でも、それはどちらでもいいと思っています。
ただ、建築家というのは、紙に線を引くだけの人ではなく、
それは、理念であり想念なのだな。と思います。

和の心にて候in熱海を拝見し、また雪堂美術館にてのお茶会にお招きいただき、
さらに、その思いが深まりました。

現在、歌舞伎に代表されるように、茶道や華道、
その他およそほとんどの古典芸能といわれるものや、
伝統工芸の世界が世襲制となっているのは、
その技、技術だけではなくむしろ、その生活様式や日常の所作、
そして物事の捉え方や考え方を継承するのもであるからだと思うのです。
新之介さんのキーワードの一つに「かた・かたち」というものがありますが、
きっとかつては、どこのご家庭でも、代々、普通にあたりまえのように、
受け継がれてきたものがあったのだと思います。

お招きいただいたお茶会にて、私が感じたことは、
セレブだとか、コマーシャルであることなどはどうでも良くて、
市井の人々が、毎日を、一つ一つを丁寧に、大切に、
背筋を正しく美しく生きてゆくことが尊いのだと、
そういうかたちを示されていたことでした。
感動的でした。

建築は、人々の暮らしの基盤をかたちづくるものです。
ずっと木の建築を、日本の建築を、考えていらっしゃった新之介さんが、
「和の心にて候」を表現されることは、
ごく、自然な流れだと思いました。

そして私は、新之介組としてこれから、
その理念と想念を紐解く術を探るのです。

2008年7月16日水曜日

二面性と多面性

ある日、私は歌をうたっていて、
そして音楽を通じて、新之介さんと出会いました。
ですから、新之介さんはシャンソンが好きなジェントルマンでした。

ビールがどんどんすすんでいくと、
 銀巴里っていうシャンソンのね・・・とか、
 ジャズはいいんだよな。。。とか
 芸者と都々逸ってのが・・・!なんて、
そう言う新之介さんを存じ上げていて、
建築家太田新之介さんや、演出家太田新之介さんや、
茶事をする太田新之介さんを、つい先日まで存じ上げませんでした。

人は二面性がある、というと、
「裏表のある人」とか「昼の顔と夜の顔」なんてちょっと負のイメージがあります。
でも多面性というのは、良いと思うのです。
人物の形容だけではなく、二極化というと、
極端な様がよろしくない感じがいたしますが、
多様化というと、懐が深くて、変化に富み、
なんだかストライクゾーンが広そうで、良いでしょう。
これはまた同時に、いろんな価値観や有り様を、
受け入れ、容認する度量があるということでもあります。
捉えどころの無いとか、理解しがたい、などとおそれるなかれ。

ただ、その多面性を注意してよーく見ていると、
例えるなら、山を登る方向や道のりや方法が違うだけで、
目指す高みはたった一つの同じ場所であったりします。
新之介組は、これからきっと、絵に描いたきびだんごをエサに(笑)
それぞれが、それぞれのルートから、
「和の心にて候」をたどるのです。

ですから、どうか、おいしいきびだんごを。。。

2008年7月10日木曜日

民族の呼吸、なのだ

先日、ちょっとご縁があって、
国立能楽堂へ、お能を観にいきました。
美しかった。
極限まで無駄なものを省いて、
抑圧的に内へ内へと向かっていく、感情の表現。
ほんのわずかに膝をおり、頭をもたげた、たったそれだけの、
そのわずか数秒の動きに、恨み嘆き絶望が瓦解したことが、解る。
小面へ、ゆっくり、左手を上げただけで、女が悲しいことが、解る。
表現する方もすごいけれど、それを受け取る側の観客だってすごい。
日本人てすごいな。と思った。

もう一つ。
完全にすごいなと驚嘆したことは、
誰も拍子をとっていないのに、鼓が、ちゃんとシンクロする。
普通だと思って聞いているかもしれないけれど、
実はこれはかなりすごいと思う。
「イヨォ~、コン」と鳴るわけだが、「イヨォ~」の長さはそれぞれ違うし、
「コン」を伴わない「イヨォ~」だってあるし、音程だって違う。
今の私たち日本人は、学校に入る以前から、西洋の拍子の音楽をずっと聞いてきた。
そういう耳からすると、このことは、結構すごい。
もちろん、日々の、訓練の結果があることはいうまでもない。
だけど、それだけでもない。絶対。
とある、非常にお世話になった、大先輩に聞いた話がある。
アルゼンチンタンゴのピアソラのキンテートを招聘した際のこと、
誰も指揮者がいるわけでもないのに、
なんのきっかけで入ると決まっているわけでもなさそうなのに、
ザッ、ザッ、ザッ、と刻まれるリズムは全く狂う事もなく、
確実にバンド全体が常にシンクロしていて、
どこの何でリズムを取っているのか全くわからなかったと。

語弊があるかもしれないけれど、日本古来の音楽には拍子がなく、
(三拍子や四拍子といわれるように、ずっと同じリズムではないという意味で)
この拍子がないからこそ、無限に広がる拍子の中で自在に制動をくり返す。
それは指揮者がなくとも、きちんと同調する。
これは、訓練された芸術家や職人たちだけのものではない、
民族が共有するリズム。それが、民族の呼吸だと思う。
なんて素敵なんだろう。

能舞台へ行く。
呼吸を深くし、鼓の音と重厚な地謡に集中していくと
鼓を訓練したこともないのに、呼吸がわかってくる瞬間がある。
ものすごく神経が覚醒してくることがわかる。
ほんのちょっとした動きにも敏感になる。
小さな表現が、わかる。

けして特別なことではない、美しき日本の文化の日常なのだ。
これは、茶道や華道にも通じる、日本人のフォーカス。
ご存知の通り「和の心にて候 in 熱海」は能舞台にて行われました。
新之介さんは、お能についても沢山ご存知でいらっしゃるので、
またまた取材をしなければ。。。

結果は続編をお待ち下さい。では。笑

2008年7月6日日曜日

古今東西応援歌

私は、音楽が好きで、踊りが好きで、美しいことが好きで、楽しいことが好きで。
冒険が好きで、ワクワクするのが好きで、、、、
まあ、何しろいろいろありますが、一番好きな歌い手は美空ひばりさんです。
歌がうまくて歌がうまくて、日本語がきれいで、情があって。
好きという言葉では憚られる、敬愛しております。

そしてジャズが好きで、ジャズを歌います。
あまたある音楽の中で、およそジャズを聴くとかジャズが好きという方のなかで、
心に葛藤を持った事のない方はいらっしゃらないと思います。
新之介さんは、都々逸がお好きで、シャンソンがお好きで、
でもジャズもお好きで、過日アルバート・アイラーという
サキソフォンプレイヤーについてのお話をしてくださいました。
本当に泣き叫ぶようなサックスの音色、ほとばしる演奏が、びっしりと沁みるプレイヤーなのですが、
中でも「サマータイム」という曲が忘れられないとのこと。

 夏はいいな。
 お魚は沢山飛び跳るし、植物も良く育つ。
 おとうちゃんはお金持ち。
 おかあちゃんはべっぴんだ。
 だから坊や、泣かなくても大丈夫だよ。

辛く苦しい黒人の生活の中で、「泣くんじゃないよ、全て順風じゃないか」
と美化して諭す、ミュージカルのナンバーです。
ジャズは私の中の様々なものを、少しずつ解放してゆきます。

でもそれは、みんな同じ。
演歌だって、アルゼンチンタンゴだって、ジャズだって、
抑圧された、人の心の、いつだって応援歌。
と思うのです。
アイラーのサマータイムは、
新之介さんの、こころのどこに響いちゃったのかな。
(なーんて)


2008年7月2日水曜日

みんな!さあ出発だ!

はじめまして。

この度、新之介組に参加させていただくこととなりました、
ワタクシ、カナコと申します。
これから始まる、
「和の心にて候」
という大航海への始めの一歩。

これからここへ綴る航海日誌は、
時には夢を、時には宇宙を、時には傷みを、
人は謳い、踊り、奏で、昇華してゆくことを、
「和の心にて候」の企画制作に携わりながら、
きっと日々自覚してゆく、その過程を、映す旅。
また、旅の僧のお言葉を鍵に、
そっと和の心が紐解かれてゆく、その過程を、記す旅。

時は今。
さあ、新之介組の船出です。
どんな冒険が待っているのか、ゾグゾグしています。
いつかお会い出来ます時まで。では。