2008年7月21日月曜日

その、かたち

建築家、という職業の知人は、
私は新之介さんお一人だけなので、
建築家が茶事をされたり演出をされたりすることが、
非常に特別なことなのか、普通なことなのか、それもよくわかりません。
でも、それはどちらでもいいと思っています。
ただ、建築家というのは、紙に線を引くだけの人ではなく、
それは、理念であり想念なのだな。と思います。

和の心にて候in熱海を拝見し、また雪堂美術館にてのお茶会にお招きいただき、
さらに、その思いが深まりました。

現在、歌舞伎に代表されるように、茶道や華道、
その他およそほとんどの古典芸能といわれるものや、
伝統工芸の世界が世襲制となっているのは、
その技、技術だけではなくむしろ、その生活様式や日常の所作、
そして物事の捉え方や考え方を継承するのもであるからだと思うのです。
新之介さんのキーワードの一つに「かた・かたち」というものがありますが、
きっとかつては、どこのご家庭でも、代々、普通にあたりまえのように、
受け継がれてきたものがあったのだと思います。

お招きいただいたお茶会にて、私が感じたことは、
セレブだとか、コマーシャルであることなどはどうでも良くて、
市井の人々が、毎日を、一つ一つを丁寧に、大切に、
背筋を正しく美しく生きてゆくことが尊いのだと、
そういうかたちを示されていたことでした。
感動的でした。

建築は、人々の暮らしの基盤をかたちづくるものです。
ずっと木の建築を、日本の建築を、考えていらっしゃった新之介さんが、
「和の心にて候」を表現されることは、
ごく、自然な流れだと思いました。

そして私は、新之介組としてこれから、
その理念と想念を紐解く術を探るのです。

2008年7月16日水曜日

二面性と多面性

ある日、私は歌をうたっていて、
そして音楽を通じて、新之介さんと出会いました。
ですから、新之介さんはシャンソンが好きなジェントルマンでした。

ビールがどんどんすすんでいくと、
 銀巴里っていうシャンソンのね・・・とか、
 ジャズはいいんだよな。。。とか
 芸者と都々逸ってのが・・・!なんて、
そう言う新之介さんを存じ上げていて、
建築家太田新之介さんや、演出家太田新之介さんや、
茶事をする太田新之介さんを、つい先日まで存じ上げませんでした。

人は二面性がある、というと、
「裏表のある人」とか「昼の顔と夜の顔」なんてちょっと負のイメージがあります。
でも多面性というのは、良いと思うのです。
人物の形容だけではなく、二極化というと、
極端な様がよろしくない感じがいたしますが、
多様化というと、懐が深くて、変化に富み、
なんだかストライクゾーンが広そうで、良いでしょう。
これはまた同時に、いろんな価値観や有り様を、
受け入れ、容認する度量があるということでもあります。
捉えどころの無いとか、理解しがたい、などとおそれるなかれ。

ただ、その多面性を注意してよーく見ていると、
例えるなら、山を登る方向や道のりや方法が違うだけで、
目指す高みはたった一つの同じ場所であったりします。
新之介組は、これからきっと、絵に描いたきびだんごをエサに(笑)
それぞれが、それぞれのルートから、
「和の心にて候」をたどるのです。

ですから、どうか、おいしいきびだんごを。。。

2008年7月10日木曜日

民族の呼吸、なのだ

先日、ちょっとご縁があって、
国立能楽堂へ、お能を観にいきました。
美しかった。
極限まで無駄なものを省いて、
抑圧的に内へ内へと向かっていく、感情の表現。
ほんのわずかに膝をおり、頭をもたげた、たったそれだけの、
そのわずか数秒の動きに、恨み嘆き絶望が瓦解したことが、解る。
小面へ、ゆっくり、左手を上げただけで、女が悲しいことが、解る。
表現する方もすごいけれど、それを受け取る側の観客だってすごい。
日本人てすごいな。と思った。

もう一つ。
完全にすごいなと驚嘆したことは、
誰も拍子をとっていないのに、鼓が、ちゃんとシンクロする。
普通だと思って聞いているかもしれないけれど、
実はこれはかなりすごいと思う。
「イヨォ~、コン」と鳴るわけだが、「イヨォ~」の長さはそれぞれ違うし、
「コン」を伴わない「イヨォ~」だってあるし、音程だって違う。
今の私たち日本人は、学校に入る以前から、西洋の拍子の音楽をずっと聞いてきた。
そういう耳からすると、このことは、結構すごい。
もちろん、日々の、訓練の結果があることはいうまでもない。
だけど、それだけでもない。絶対。
とある、非常にお世話になった、大先輩に聞いた話がある。
アルゼンチンタンゴのピアソラのキンテートを招聘した際のこと、
誰も指揮者がいるわけでもないのに、
なんのきっかけで入ると決まっているわけでもなさそうなのに、
ザッ、ザッ、ザッ、と刻まれるリズムは全く狂う事もなく、
確実にバンド全体が常にシンクロしていて、
どこの何でリズムを取っているのか全くわからなかったと。

語弊があるかもしれないけれど、日本古来の音楽には拍子がなく、
(三拍子や四拍子といわれるように、ずっと同じリズムではないという意味で)
この拍子がないからこそ、無限に広がる拍子の中で自在に制動をくり返す。
それは指揮者がなくとも、きちんと同調する。
これは、訓練された芸術家や職人たちだけのものではない、
民族が共有するリズム。それが、民族の呼吸だと思う。
なんて素敵なんだろう。

能舞台へ行く。
呼吸を深くし、鼓の音と重厚な地謡に集中していくと
鼓を訓練したこともないのに、呼吸がわかってくる瞬間がある。
ものすごく神経が覚醒してくることがわかる。
ほんのちょっとした動きにも敏感になる。
小さな表現が、わかる。

けして特別なことではない、美しき日本の文化の日常なのだ。
これは、茶道や華道にも通じる、日本人のフォーカス。
ご存知の通り「和の心にて候 in 熱海」は能舞台にて行われました。
新之介さんは、お能についても沢山ご存知でいらっしゃるので、
またまた取材をしなければ。。。

結果は続編をお待ち下さい。では。笑

2008年7月6日日曜日

古今東西応援歌

私は、音楽が好きで、踊りが好きで、美しいことが好きで、楽しいことが好きで。
冒険が好きで、ワクワクするのが好きで、、、、
まあ、何しろいろいろありますが、一番好きな歌い手は美空ひばりさんです。
歌がうまくて歌がうまくて、日本語がきれいで、情があって。
好きという言葉では憚られる、敬愛しております。

そしてジャズが好きで、ジャズを歌います。
あまたある音楽の中で、およそジャズを聴くとかジャズが好きという方のなかで、
心に葛藤を持った事のない方はいらっしゃらないと思います。
新之介さんは、都々逸がお好きで、シャンソンがお好きで、
でもジャズもお好きで、過日アルバート・アイラーという
サキソフォンプレイヤーについてのお話をしてくださいました。
本当に泣き叫ぶようなサックスの音色、ほとばしる演奏が、びっしりと沁みるプレイヤーなのですが、
中でも「サマータイム」という曲が忘れられないとのこと。

 夏はいいな。
 お魚は沢山飛び跳るし、植物も良く育つ。
 おとうちゃんはお金持ち。
 おかあちゃんはべっぴんだ。
 だから坊や、泣かなくても大丈夫だよ。

辛く苦しい黒人の生活の中で、「泣くんじゃないよ、全て順風じゃないか」
と美化して諭す、ミュージカルのナンバーです。
ジャズは私の中の様々なものを、少しずつ解放してゆきます。

でもそれは、みんな同じ。
演歌だって、アルゼンチンタンゴだって、ジャズだって、
抑圧された、人の心の、いつだって応援歌。
と思うのです。
アイラーのサマータイムは、
新之介さんの、こころのどこに響いちゃったのかな。
(なーんて)


2008年7月2日水曜日

みんな!さあ出発だ!

はじめまして。

この度、新之介組に参加させていただくこととなりました、
ワタクシ、カナコと申します。
これから始まる、
「和の心にて候」
という大航海への始めの一歩。

これからここへ綴る航海日誌は、
時には夢を、時には宇宙を、時には傷みを、
人は謳い、踊り、奏で、昇華してゆくことを、
「和の心にて候」の企画制作に携わりながら、
きっと日々自覚してゆく、その過程を、映す旅。
また、旅の僧のお言葉を鍵に、
そっと和の心が紐解かれてゆく、その過程を、記す旅。

時は今。
さあ、新之介組の船出です。
どんな冒険が待っているのか、ゾグゾグしています。
いつかお会い出来ます時まで。では。