来月、ブラジルの伝説、ジョアン・ジルベルトが来日する。
今年はボサノバ生誕50周年だそうで、
ボサノバの歴史は、ジョアンがデビューした
1958年からのスタートを意味している。
「イパネマの娘」などに代表されるヒット曲の数々は
その後も世界中の音楽に影響を与え続け、
もし、ジョアンがいなかったら、20世紀のポップスは、
今のものではなかったはず、という見方さえある。
ジョアンは長年、TVや新聞などマスメディアへの出演や取材などもあまりなく、
ただただひたすら音楽と向かい続け、ブラジルの人たちの心の音となった。
ボサノバ生誕50周年にあたり、
ブラジルのサンパウロで14年ぶりに行われたコンサートは、
数万円のチケットが40分で完売したそうだ。
ジョアンは2003年の初来日から、
2004年、2006年と今年で4度目の来日コンサートとなる。
本国でさえ14年ぶりだというのに、
こうして何度も日本で演奏を聞くことができるのは、
本当に幸せなことだと思う。
なぜか。
ジョアンは後日、
「こういう聴衆を何十年も探し求めていた」と言ったそうだ。
ジョアンはその演奏の表現から、というか、
非常にピアニッシモ(小さい音で演奏する)を
大切にしているアーティストなのだと思いますが、
彼が日本のオーディエンスに深く感動する意味がちょっとわかる気がした。
以前のブログに、お能の話を書いたことがあったけれど、
芸能の素晴らしさはもちろんのことだが、
受け取る側の感性だって要求される、舞台なのだ。
ぴんと張りつめた静寂からのほんのわずかな動き、
音程のゆらぎ、リズムの変化、
そういうものから様々な情景を受け取っている
日本人の感覚って、独特で特別なものなのだと思う。
お米やお豆腐に味が無いなんて日本人はいわない。
ごく普通の感性だけれど、外国からみたら、
ソースをかけちゃうようなことと同じで
アンプを通して大音量で叫ぶより、ピアニッシモにも美学があるのだ。
(というか、器楽演奏でも、歌でも、フォルテシモよりピアニッシモが難しい)
これは日本人の呼吸方法にも由来していると思うけれど、
きっと他の外国のコンサートで、こんな静寂って起こらない。
さざ波ひとつないしんとした水面に、ほんの小さな雫が一つ落ちる時、
それは、同心円上に隅々までいっぱいに、ちゃんと伝播していく。
どんな大きなコンサートホールでも、
この静寂が能舞台やお茶室と同じ効果をうむのだ。
マナーが良いとか、おとなしいとか、
そういうことではきっとないんだな。
外国のアーティストが、日本の観客は特別だというのは良く聞く話だが、
ジョアンが感じたのはそういうことかな、と思っている。
現代の人々が、多くお茶などの伝統的な所作に深く精通しているわけではない。
それでも、ジョアンが感動するのは、新之介さんのお言葉をお借りするなら、
先人が大切にした感性が、脈々と、受け継がれ、備わっているからなのだ。
そして、現代の私達は、遠くブラジルの至宝を何度も聴くことができるわけです。
ああよかったな。笑
よかったついでに、最近感動したお話をもう一つ。
少し前の週末に、美空ひばりさんの特集番組を放送していました。
私はこの手の番組には、殆ど15分おきに号泣してしまうので、
だいたい、ハンカチというか、タオルなくしては
見る事が出来ないのですが、笑
先日のものは、特別に感動しました。
ファンの間では、(まあ、私の中では、という意味ですが、、)
もう伝説となっていた、プッチーニオペラのアリア
「歌に生き、愛に生き」を聴く事ができたから。
うまいなあ。本当にうまい。すごい。もう何も言葉ではどうにもできない。
裏声を使ってピアニッシモで表現される切ない切ない声がすばらしい。
かの岩城宏之(N響の正指揮者も務めた)をして「宝物」といわしめた絶唱。
プロデューサーさま、ディレクターさま、本当に本当にありがとう。
残念ながら、私は生での歌声を聞く事ができなかったけれど、
同じ時代を生きる事が出来て、こころから幸せだと思った。
日本には、美空ひばりがいる。
ああよかった。
2 件のコメント:
小さな小さな旅を繰り返していると
そこに、出会いがあります。
150 300
カナコさん 今が大事
そして大切に
曲がりくねった道しか知らない
万年 弟子希望の めるぞう
少々遅いのが難点
でも 応援は得意です。
めるぞうさん、
旅と出会い、気付いていけるだけの直心をもって
時間を重ねてゆければなと思います。
ありがとうございます。
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