2008年8月24日日曜日

アンテナの話

よく音楽では、
一番才能のある人間は作曲家になる。
次に才能のある人間は演奏家になる。
才能のない人間は評論家になる。
なんて揶揄されたりします。

芸術は己の内のエゴではありません。
誰が一番エライとかスゴイとかそういう事ではなく、
この話は、新之介さんもおっしゃっていた、
受信機の話に通じるものがあります。
音符という記号を使って壮大な交響曲を作曲する、
それは神業とも言える、一つの宇宙や世界を記すワザ。
かのモーツアルトは、その直筆の譜面に推敲の形跡がないといいます。
(消しゴムとかないですからね、書き直してないのが分かるのです)
私の知るアーティストの多くも、多かれ少なかれ、
きっと、受信機を感じたことがあるのではないかと思います。

天からの才を以て、一番感度の良いアンテナを持つ人は、
それを現在の記号に具現化し、
二番目のアンテナでそれをキャッチした人が、
鍛え上げた技術をもって、記号を表現する。
そして多くの人の五感に届けられていく、そういういことだと思います。


新之介さんが、何故「和の心にて候」という祭事が出来たのか。
否。
最高級に感度のよい、そんなアンテナを持った人は、
それを体現していかないことには、自分の生を、
意味あるものに保っていくことが出来なくなってしまうのだと、
そう思うのです。
新之介さんは今、和の心にて候を、
己の内から多くの人へアウトプットするチャンネルとして選択し、
その情熱を様々な記号を使って書き記しています。

さ、アンテナを磨きにかからなきゃね。笑

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